TOPICS

眠りの秘密 睡眠中の脳が推移的推論の演算を行う仕組みを発見-レム睡眠中における神経活動の活性化により推論成績が向上-

研究のポイント

  • 脳は睡眠中でも能動的に情報を処理していることは示唆されていたが、どのような仕組みで処理しているのかは不明だった。
  • 睡眠中の大脳皮質の活動が、以前に取得した記憶を基にして直接には学習していない推論知識を導き出すために必須であること、ノンレム睡眠(注2)が散在している記憶を整理し、レム睡眠(注3)が整理された記憶から推論知識を計算していることが明らかになった。
  • 今回の研究で、睡眠中における脳の情報処理の仕組みが明らかになり、今後、覚醒時には実現が困難な情報処理を潜在意識下の脳がどのように行っているのかを理解することが可能になった。また、脳が持つ潜在的な能力をより良く引き出す方法の創出にも繋がると期待される。

概要

富山大学 学術研究部医学系 生化学講座の井ノ口馨教授らは、マウスで、睡眠中でも脳は活動を続けて情報を処理し推移的推論の演算を行っていることを見出すとともに、その神経細胞レベルの仕組みを初めて明らかにしました。
脳は睡眠中や休息中でも活動(アイドリング脳(注1))して情報を処理しているらしいことは古くから知られていました。科学的な発見が夢の中に出てきた例は数多く知られていますし、取り組んでいた課題が睡眠の後や休息中に解決されることは多くの人が経験しています。しかし、睡眠中に脳の神経細胞がどのような活動をして情報を処理しているのかは不明なままでした。
本研究グループは、マウスを用いて、A>B, B>C, C>D, D>E の4つの前提ペアによる個別学習から B>D であることを推論する推移的推論の学習課題を開発しました。正確な推論には学習後のノンレム睡眠(注2)中およびレム睡眠(注3)中の大脳前帯状皮質の神経活動が必要でしたが、覚醒時の神経活動は不必要でした。レム睡眠中に光遺伝学(注4)を用いて前帯状皮質を人為的に活動させると推論成績が向上しました。超小型内視蛍光顕微鏡(注5)を用いて神経細胞活動を計測し解析した結果、学習後のノンレム睡眠中に全体の階層性(A>B>C>D>E)を検出しており、それに引き続くレム睡眠中に直接には経験したことのない B と D の関係(B>D)を全体の階層性から検出していました。以上の結果から、睡眠中でも脳の神経細胞は意味のある活動を続けており、覚醒時の学習中とは異なる重要な情報処理を行っていることが明らかになりました。
情報処理におけるアイドリング脳の役割に関する今回の研究は、潜在意識下の脳機能の理解に繋がるものであり、また脳が持つ潜在的な能力をさらに発揮する方法の開発に繋がると期待されます。
本研究成果は、2024年6月24日(月)(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版に掲載されました。

用語解説

(注1) アイドリング脳
睡眠中や休息中など、課題に集中していない時の脳の状態(あるいは脳活動)を指す。車がエンジンをかけたまま停車している状態との類似性から取ったネーミング。近年の研究から、脳は睡眠中や休息中でも活動を続けており、さまざまな情報を処理していることが示唆されてきたために、このような脳の状態を表す言葉として名付けられた。このときに脳は意識せずに活動しているため、アイドリング脳は潜在意識下で情報処理を行っていることになる。

(注2) ノンレム睡眠
ノンレム睡眠は、急速眼球運動の起こらない睡眠で、1-4 Hz のデルタ波と呼ばれる低周波の脳波が大きな振幅で優先的に観察される。この間はぐっすりと眠っている状態。睡眠中はノンレム睡眠の後にレム睡眠が現れるサイクルを繰り返しており、ヒトの場合、睡眠の7-8割がノンレム睡眠である。

(注3) レム睡眠
レム睡眠は、眠っている間に眼球がぴくぴくと素早く動く、急速眼球運動(Rapid Eye Movement, REM)が観察される。この間は筋肉が弛緩して体は休息しているが、起きているときに近い活発な脳波(シータ波、4-7 Hz の脳波)が優先的に観察される。一般的に、夢の多くはレム睡眠中に見ている。

(注4) 光遺伝学
特定の波長の光を当てると活性が変化する分子を遺伝子導入によって細胞に発現させることで、狙った細胞の機能を光で制御する方法。光照射により人為的に標的細胞の神経活動を誘導したり抑制したりすることができる。

(注5) 超小型内視蛍光顕微鏡
超小型内視蛍光顕微鏡は約2グラムの本体に、LED光源、CMOSイメージセンサー、緑色の蛍光に対応するフィルターセットが統合されており、自由に行動しているマウスの脳に装着して緑色蛍光たんぱく質による蛍光シグナルを検出する。

研究内容の詳細

睡眠中の脳が推移的推論の演算を行う仕組みを発見!~レム睡眠中における神経活動の活性化により推論成績が向上~[PDF, 9MB]

論文情報

論文名

Prefrontal coding of learned and inferred knowledge during REM and NREM sleep

著者

Kareem Abdou, Masanori Nomoto, Mohamed H. Aly, Ahmed Z. Ibrahim, Kiriko Choko, Reiko Okubo-Suzuki, Shin-ichi Muramatsu, and *Kaoru Inokuchi
*責任著者: 井ノ口 馨 (富山大学)

掲載誌

Nature Communications

DOI

https://doi.org/10.1038/S41467-024-48816-X

お問い合わせ

富山大学 学術研究部医学系 生化学講座
教授 井ノ口 馨

住所: 〒930-0194 富山県富山市杉谷2630
TEL: 076-434-7225
E-mail: