動的ネットワークバイオマーカー理論とエネルギー地形解析により意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症が多発性骨髄腫の進行過程における未病状態であることを数理的に確立
ポイント
- 生きたまま細胞や組織を測定できるラマン顕微鏡を用いた未病検出系で、初めてヒト臨床検体による未病検出が行われた。
- 動的ネットワークバイオマーカー(DNB)理論※1により、多発性骨髄腫※2の前がん段階として知られる「意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症(MGUS)」が未病段階であることを数理的に明らかにした。
- エネルギー地形解析※3により、正常および多発性骨髄腫の段階が MGUS 段階と比べて相対的に安定な傾向を持ち、DNB解析結果を支持することを明らかにした。
概要
多発性骨髄腫の未病状態を同定するため、富山大学未病研究センターの実験と数理チームが多発性骨髄腫の進行過程におけるヒト臨床検体より得られたラマン散乱スペクトルに対して DNB 解析とエネルギー地形解析を適用した。対象データは骨髄細胞のラマン散乱スペクトル※4で、時系列順に正常、MGUS、多発性骨髄腫の3つの段階に分類される。DNB解析の結果、多発性骨髄腫の前がん段階、すなわち悪性化した形質細胞が異常増殖する前のMGUS段階において、状態遷移の予兆が見られることを数理的に明らかにした。また、エネルギー地形解析の結果、正常段階と多発性骨髄腫が相対的に安定な傾向があることが示された。これは MGUS段階が状態遷移直前であるという DNB解析の結果を支持した。ラマン顕微鏡とDNB理論を融合させた未病検出系のヒト臨床検体への応用は、今後、未病治療の社会実装の1つになる可能性を秘めている。
用語解説
(※1)動的ネットワークバイオマーカー理論(DNB 理論)
状態が遷移する直前の状態を数理的に定義するため、対象とする現象を多くの要素(変数)から成る複雑系ネットワークと仮定し、要素の揺らぎ、変数間の強い相関からサブグループを抽出する技術である。指標となる DNB スコアがピークを示した場合、その時間が状態遷移の直前の状態、サブグループ内の要素群が DNB として同定される。合原一幸東京大学特別教授らにより考案された。
(※2)多発性骨髄腫(Multiple myeloma, MM)
血液がんの一種で、骨髄中の抗体産生に関わる形質細胞が悪性化し、モノクローナルな異常ガンマグロブリンである M タンパクを生み出しながら異常増殖する病気。進行過程は骨髄中の形質細胞の比率などの指標から3つの段階に分けられ、時系列順に正常(Normal;NL)、意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症(Monoclonal gammopathy of undetermined significance;MGUS)、MM の順に進行すると考えられている。MGUS は無症状のため治療対象ではないが、MGUS 患者のうち毎年約1%が多発性骨髄腫へ移行する。
(※3)エネルギー地形解析
数個から十数個の変数の活性、非活性をもとにデータの安定性を定量的に調べることができる手法。ある活性、非活性の組(活性パターン)から安定状態への経路や異なる安定状態に移行するために必要なエネルギーを示すことができる。
(※4)ラマン散乱スペクトル
物質に光を照射し、光と物質が相互作用すると、入射光とは異なる波長をもつラマン散乱光が得られる。この波長差(ラマンシフト)が物質内の分子振動エネルギーに対応するため、帰属を通して物質内の様々な情報が分かる。ラマンシフトに対して、そのラマン散乱光の強度をプロットしたものがラマン散乱スペクトルである。非破壊?低侵襲検査の特徴から、生命科学への応用が進んでいる。
研究内容の詳細
動的ネットワークバイオマーカー理論とエネルギー地形解析により意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症が多発性骨髄腫の進行過程における未病状態であることを数理的に確立[PDF, 1MB]
論文情報
論文名
Establishing Monoclonal Gammopathy of Undetermined Significance as an Independent Pre-Disease State of Multiple Myeloma Using Raman Spectroscopy, Dynamical Network Biomarker Theory, and Energy Landscape Analysis
著者
Shota Yonezawa, Takayuki Haruki, Keiichi Koizumi, Akinori Taketani, Yusuke Oshima, Makito Oku, Akinori Wada, Tsutomu Sato, Naoki Masuda, Jun Tahara, Noritaka Fujisawa, Shota Koshiyama, Makoto Kadowaki, Isao Kitajima and Shigeru Saito
掲載誌
International Journal of Molecular Sciences
DOI
https://www.mdpi.com/1422-0067/25/3/1570
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富山大学 学術研究部 都市デザイン学系
准教授 春木 孝之
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